京都大学医学部附属病院 脳神経外科

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未破裂脳動脈瘤

脳動脈瘤とは

脳動脈の主に分岐部にできるふくらみを脳動脈瘤といいます。このような瘤のできる理由は明確とはなっていませんが、京都大学脳神経外科では動物を使った実験を1980年代から行っており高血圧や血管壁へのストレスや遺伝などによる動脈壁の脆弱性に関連すると明らかにしてきました(図1)。最近は頭部外傷後に脳のMRIやCT検査をうけたり、健康診断で脳ドックをうけたりして見つかる場合が多くなっています。中には脳動脈瘤が大きくなって脳の神経を圧迫しその障害を生じてみつかる場合もあります。脳動脈瘤は脳の底部の血管(ウィルス輪といいます)の分岐部にできることが多く、中大脳動脈、内頚動脈、前交通動脈、 脳底動脈などが代表的な発生部位です(図2)。

contents25_01図1:ラットに誘発された脳動脈瘤

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図2: 脳動脈瘤の手術所見

未破裂脳動脈瘤の予後

未破裂脳動脈瘤の多くははじめ症状をきたしません。しかし中には年々大きくなり神経の圧迫をきたしたり、また破裂してくも膜下出血をきたす場合があります。くも膜下出血は発生すると半数以上の方が死亡するか社会復帰不可能な障害を残してしまう極めて重篤な病態です(図3)。この出血率は個別の瘤により異なるため一概にその危険性をまとめることは困難ですが、総合すると年0.5~1%の破裂の危険性があるといわれています。大きさの大きい瘤、形のいびつなもの、多数できている瘤、また喫煙者、高血圧を有する患者は破裂率が高いと考えられています。表1に破裂をきたしやすい因子をまとめます。

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図3:クモ膜下出血の予後

表1:破裂しやすいと考えられる未破裂脳動脈瘤
関与する因子  
大きさ 大きいもの(7mm以上)
部位 後方の瘤(脳底動脈瘤、内頸動脈-後交通動脈瘤)、中央よりの瘤(前交通動脈瘤、脳底動脈瘤)など
形状 不規則な形のもの、ブレブを伴うもの、ドームとネックの比(瘤の長さ/首の長さ)、瘤サイズと母血管の比(瘤の長さ/発生している血管径)の大きいもの
複数あるもの
病気・習慣 高血圧、多発性嚢胞腎症、喫煙
くも膜出血の有無 くも膜下出血をきたした瘤に合併したもの
家族歴 家族(特に同朋;兄弟姉妹)にくも膜下出血患者さんのいる家系

未破裂脳動脈瘤の治療方法と危険性

現在動脈瘤の治療はA: 慎重に経過を追うという方法、B: 開頭によるクリッピングといわれる手技とC: 脳の血管の内側から動脈瘤をコイルをつめる血管内手術があります(図4)。

経過を追う場合、上記にあるように瘤が拡大し破裂したり、また脳・神経の圧迫をきたして障害をきたす場合もあるので、慎重な経過観察が必要です。年に1度、または6ヶ月に一度は瘤のサイズの経過を追われることが推奨されます。また症状をきたした瘤は極めて破裂しやすいと考えられており迅速な対応が必要と考えられています。

開頭術によるクリッピングはチタンやステンレスでつくられた小さな洗濯鋏のようなクリップで動脈瘤の首の部分を閉塞し瘤への血流をせきとめる方法です。この方法は20年来おこなわれてきており長期の効果も実証されています。

血管内手術はここ10年来発展してきた技術ですが、心臓血管における治療とも同期して非常に進歩の早い分野です。頭を切らずに動脈瘤をつめることができること等の利点から日本、欧米でも急速に普及し始めています。しかし本法でも動脈瘤が術中に破裂したり、血管閉塞による脳梗塞などをきたすこともおこり得ます。もし不十分な閉塞に終わった症例では、瘤が再発することも報告されており経過観察が重要です。

大きな動脈瘤はどちらの治療法でも困難な場合もあり、親血管の血流を残すためにバイパスをして親血管そのものを塞ぐ手術などが行われることがあります。今後は血管内に留置するステントの技術などが進歩しさらに低い侵襲で治療がおこなわれるようになると考えられます。

どのような治療にも合併症の危険性があります。開頭術クリッピングによる合併症として、脳内出血や、血管の閉塞による脳梗塞、手術中の脳の損傷、感染症、痙攣や美容上の問題などが報告されています。生命に関わるような重篤な合併症は1%程度と報告されています。また脳動脈瘤の血管内治療の合併症は、コイルの逸脱や手技中の血管閉塞、瘤の破裂、血腫の形成などが挙げられます。合併症は5%程度と考えられます。ただし、治療が難しい動脈瘤の場合には治療のリスクは高くなります。

治療方針の関しては、十分に医師と相談して、治療の目的と危険性についてよく理解して、ご自身の生き方に照らし合わせて決定することがとても重要です。

未破裂脳動脈瘤に要する費用は患者様の合併疾患や、動脈瘤の大きさや形状、部位、治療の困難さなどにより多少の変動はありますが、開頭手術でも、血管内治療でも総額200万円前後(その3割負担)と計算されています。

contents25_04図4: 動脈瘤治療の所見

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その他の情報

日本脳ドック学会や日本脳卒中学会により未破裂脳動脈瘤診療のガイドラインが出版されています。

以下に脳ドックのガイドライン2008より未破裂脳動脈瘤への対応の項をまとめます。

  1. 未破裂脳動脈瘤が発見された場合、年齢・健康状態などの患者の背景因子、個々の動脈瘤のサイズや部位・形状など病変の特徴から推測される自然歴、および施設や術者の治療成績を勘案して、治療の適応を検討することが推奨される。なお、治療の適否や方針は十分なインフォームド・コンセントを経て決定されることを推奨する。
  2. 未破裂脳動脈瘤診断により患者がうつ症状・不安をきたすことがあるため、インフォームド・コンセントに際してはこの点への配慮が重要である。うつ症状や不安が強度の場合はカウンセリングを推奨する。
  3. 患者および医師のリスクコミュニケーションがうまく構築できない場合、他医師または他施設によるセカンドオピニオンが推奨される。
  4. 破裂率や合併症のリスクに基づいた治療の有用性の分析ないし費用効果分析は総合的評価であり、個々の動脈瘤に関する評価ができない。単純化された費用効果分析に基づいて治療方針を決定すべきではない。
  5. 未破裂脳動脈瘤の自然歴(破裂リスク)から考察すれば、原則として患者の余命が10~15年以上ある場合に、下記の病変について治療を検討することが推奨される。
    • 5から7mm以上の未破裂脳動脈瘤
    • 上記未満であっても、
      • 症候性の脳動脈瘤
      • 後方循環、前交通動脈、および内頚動脈-後交通動脈部などの部位に存在する脳動脈瘤
      • Dome/neck aspect比が大きい・不整形・ブレブを有するなどの形態的特徴をもつ脳動脈瘤
  6. 治療成績の評価にあたっては、単純なアウトカムスケールのみではなく、脳高次機能や生活の質評価などを併用して術前・術後の評価を行うことが推奨される。
  7. 治療に当たっては、治療施設の成績を提示しインフォームド・コンセントを得る事が推奨される。
  8. 開頭手術や血管内治療などの外科的治療を行わず経過観察する場合は、喫煙・大量の飲酒をさけ、高血圧を治療する。経過観察する場合は半年から1年毎の画像による経過観察をおこなうことが推奨される。
  9. 経過観察にて瘤の拡大や変形、症状の変化が明らかとなった場合、治療に関して再度評価を行うことが推奨される。
  10. 血管内治療においては、治療後も不完全閉塞や再発などについて経過を観察することが推奨される。
  11. 開頭クリッピングの術後においても、長期間経過を追跡することが推奨される。

未破裂脳動脈瘤の自然歴についてこれまでの報告のまとめ

では未破裂脳動脈瘤はどのくらいの率で出血するのでしょうか?最近国際未破裂脳動脈瘤調査(ISUIA)という白人を中心とした研究結果が New England Journal of Medicine(1998年)やLancet(2003年)という極めて権威のある欧米紙に発表されました。その結果はこれまでの症例をまとめたものと、前もって決めた症例をその後の経過をみてまとめたもの2種類が報告されました。それらの報告によると7ミリ以下で、脳の前方になる動脈瘤では年間0.5%以下、7ミリ以上であれば大きさにより0.5から8%程度、脳の後方の瘤では7ミリ以下では0.5から0.7%、7ミリ以上では数% 以上と報告されました。上記ISUIAの前向き報告を含めてこれまでの前向き研究による検討から未破裂脳動脈瘤の破裂しやすさはその大きさ、場所(脳の前方か後方か、中央にある瘤かはじのほうにある瘤か)、形状(不規則な形をしているか)、多発性か、くも膜下出血をきたした破裂動脈瘤に合併したものか?くも膜下出血の家族歴があるか?高血圧はあるか?喫煙はするか?など様々な因子に影響されることが明らかとなりつつあります。

日本においては以前からくも膜下出血の人口別の頻度は欧米の2から数倍あるといわれており、未破裂脳動脈瘤の破裂率も欧米の結果よりも高い可能性があります。そこで現在日本脳神経外科学会がUCAS Japan(日本未破裂脳動脈瘤悉皆調査)という研究を推進し、調査に参加している施設であらかじめ登録された未破裂脳動脈瘤をもつ患者さんの動脈瘤は同様な自然歴をたどるのか、また治療の危険性はどの程度であるのかを把握するよう検討しています(UCAS Japan)。

UCAS Japan(日本未破裂脳動脈瘤悉皆(しっかい)調査)とは

日本脳神経外科学会は、わが国での治療例、非治療例を含めた全ての未破裂脳動脈瘤を調査してその自然歴(特別な治療をしなければどうなるのか)、および治療に関するデータを集め、未破裂脳動脈瘤の適切な治療指針を立てるための基礎にしたいと考え、2001年1月より未破裂脳動脈瘤悉皆調査を行いました。悉皆調査と は、すべての例を悉(ことごと)く集めて調査することで、この臨床研究のことを Unruptured Cerebral Aneurysm Study of Japanの頭文字を取ってUCAS Japanと呼んでいます。

UCAS Japanの結果

未破裂脳動脈瘤の破裂の危険性について

未破裂脳動脈瘤の破裂は、2001年1月から2004年4月の期間中に調査された成人5720名(6697動脈瘤)において、111名でくも膜下出血が発生し、全体での年間平均出血率は0.95%でした。出血のリスクは瘤の大きさ、場所(前交通動脈、後交通動脈)、形状(不整形)に影響されることがあきらかとなりました。

特に大きさは重要で、動脈瘤が大きくなるにつれて破裂率は高くなることが判明しました。最大径3ないし4ミリの小型動脈瘤を基準にすると、7ないし 9ミリで3.4倍、10ないし24ミリで9倍、25ミリ以上の大型動脈瘤で76倍と破裂率は極めて高くなります。単純に何ミリになれば危ないと境界を引くのは不正確で、場所や形状などの条件によっては小さい動脈瘤でも破裂することがあきらかとなりました。
最大径7ミリ未満の動脈瘤に関しては、特定の場所(前交通、後交通動脈瘤)や不整形のものを除くと破裂率は低く、予防的治療の適応は慎重に検討する必要があるいうこともわかりました。

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今回の研究では、日本人においては小型でも特に前交通動脈瘤は比較的高い破裂率を有することが示されました。

参考文献・ホームページ

Hybrid assistive limb (HAL)によるリハビリテーション

京都大学脳神経外科ではCYBERDYNE社との共同研究により、脳損傷、脊髄損傷により下肢の麻痺が生じている患者さんにHybrid assistive limb (HAL)によるリハビリテーションを実施しています。HALは筋肉に生じた脳からの生体電位信号を検出し、人の思いどおりに動作する「サイバニック随意制御システム」と、“生体電位信号”を検出できなくても、人のような動作を実現する「サイバニック自律制御システム」の2つを混在させることで、装着者の動作をアシストします。このリハビリテーションは今までに無い新たなリハビリテーションで画期的な効果を生むことが期待されています。ロボットスーツHALは主に下肢に装着し、下肢の運動を助けながら下肢運動のトレーニングや歩行訓練を行います。歩行のイメージを思い出し、筋力アップだけでなく、視覚的や感覚的な面からも歩行訓練に役立つと言われています。京都大学脳神経外科ではロボットスーツHAL®を用いた主に下肢の訓練を行い、患者さんの歩行状態がどれだけ回復するか、病気の種類や麻痺の程度によってどのような設定が適しているどうかを研究します。また、急性期から回復期のリハビリテーションへのロボットスーツHALを用いた地域連携を行い、長期的な予後を検討します。

対象と除外基準
対象:20歳~80歳

京都大学病院脳神経外科またはリハビリテーション部に脳卒中や他の脳神経疾患の加療や手術目的で入院し、軽度から重度の麻痺や歩行障害のある方で医師が可能と判断した患者さんに行います。他の呼吸器、循環器疾患や認知症状、関節の異常などによりHAL®の装着が難しいと判断された方は除外します。

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HAL両脚タイプ
  contents25_08単下肢用HA
contents25_09
HALによるリハビリテーション風景

参考
CYBERDINE