京都大学医学部附属病院 脳神経外科

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遺伝性腫瘍(脳神経系)

1:はじめに |2:遺伝性腫瘍と当院での取り組み |3:脳神経外科で扱う遺伝性腫瘍
4:遺伝性腫瘍ができるメカニズム |5:遺伝性腫瘍の治療
6:各遺伝性腫瘍の特徴と治療 |7:まとめ

はじめに

 29歳の女性が、耳が聞こえにくくなってきたために、病院を受診されました。頭部のMRIを撮影すると、右側の内耳道の部分に3cm大の腫瘍を認めました。左側の内耳道内にもごく小さな腫瘍を疑う影がありました。この時点でどうするべきでしょうか?難聴の原因になっている右側の腫瘍を取り除けば大丈夫でしょうか。左の小さな腫瘍も取り除くのでしょうか。
 この女性は、神経線維腫症2型(NF2:エヌエフ・ツー)と呼ばれる遺伝性脳腫瘍が疑われます。胸とお腹を含めた全脊髄のMRI撮影や眼科、耳鼻科での詳しい検査が必要になります。手術のタイミングも慎重に考えなくてはいけません。ご家族のお話を聞いたり、出産や育児についても話し合いが必要となります。どうしてこのような対応が必要になるのでしょうか。脳神経系の遺伝性腫瘍の特徴と治療についてみていきましょう。

※詳しい説明については、個人によって状況が異なりますので、直接病院を受診して頂き、時間をとって説明を受けて頂くようにお願い致します。

  1. 脳腫瘍の中に、遺伝性脳腫瘍と呼ばれるものがある
  2. 遺伝性脳腫瘍は、単に腫瘍を取り除くだけでは不十分である
  3. 専門的な対応のできる医療機関を受診することが必要となる

遺伝性腫瘍と当院での取り組み

遺伝性疾患とは、染色体や遺伝子の変化が主因となって引き起こされる疾患のことを指します。その中で、腫瘍ができやすい場合があり、遺伝性腫瘍と呼ばれます。
 「遺伝性」というと、親から遺伝したと考えられることが多いですが、必ずしも親御さんが同じ病気にかかっているとは限りません。ご家族の検査をするべきかどうか、遺伝子検査を受けるかどうかなど、専門家との面談を通じて、個々に合わせた検査を進めていく必要があります。遺伝性腫瘍に対して正確な知識を持って頂くことで、誤解による不安を解消することも大切と考えています。当院では、遺伝子診療部に、認定遺伝カウンセラーや臨床遺伝専門医などの専門家が多数在籍席し、脳神経外科と協同で診療に当たっています。
 遺伝性腫瘍では、脳以外の部位にも腫瘍ができたり、全身に様々な病気を発症することが多く、単一の診療科のみでは十分な対応ができません。各領域の専門家がそろっていることが大切です。当院では、遺伝子診療部を含めて、各科の専門家が協力して対処する体制を整えています。
 腫瘍は再発することもあり、一度きりの治療で終了になるわけではありません。また、年齢毎に出やすい腫瘍や病気があり、長期にわたって経過を見ていく必要があります。そのため、病気について十分に説明を行い、理解して頂いた上で、検査と治療を受けて頂くように心がけています。

  • 遺伝性疾患の専門家とじっくりと話し合える環境が大切
  • 各領域の専門家が連携して対応することが大切
  • 長期にわたり、経過をみていくことが大切

脳神経外科で扱う遺伝性腫瘍

 脳神経外科で扱うことの多い遺伝性腫瘍としては、①フォン・ヒッペル・リンドウ病、②神経線維腫症、③結節性硬化症が挙げられます。これらの病気は、比較的若いうちに脳や脊髄周辺に腫瘍ができるのが特徴です。そのため、脳神経外科で扱うことが多くなります。ただ、腫瘍は脳神経以外の部分にもできることがありますし、また他の病気を合併することもありますので、複数の科が協力して治療にあたります。

  • 比較的若いときに脳腫瘍を起こしやすい遺伝性腫瘍がある
  • 脳以外にも腫瘍や病気が起こるため、複数の専門科で診察する

遺伝性腫瘍ができるメカニズム

 遺伝性腫瘍は、遺伝子変異により細胞の増殖をコントロールしている分子の機能が低下することで起こります。細胞増殖の制御が効かなくなって際限なく増殖し、腫瘍化するのです。多くは良性腫瘍ですが、全身の様々な臓器に腫瘍ができます。また、一部悪性の腫瘍ができたり、良性腫瘍でも後に悪性化する場合があります。  フォン・ヒッペル・リンドウ病 (von Hillel Lindau: vHL)はVHL遺伝子の変異により引き起こされます。神経線維腫症はneurofibromatosis (NF:エヌエフ)と呼ばれ、NF1、NF2、schwannomatosisの3種類があり、それぞれNF1、NF2 (merlin)、SMARCB1の遺伝子変異が主因となります。結節性硬化症は tulerous sclerosis (TSC)と呼ばれ、TSC1 (hamartin)、TSC2 (tuberin)の変異が原因として知られています。いずれの変異でも、RAS-AKT-mTOR-HIF1αという増殖シグナルの制御が効かなくなり、全身に腫瘍ができると考えられています。遺伝子の種類や変異の部位によって、腫瘍のできやすい場所や病気の進行が変わると考えられています。

  • 遺伝性腫瘍では、細胞増殖を制御する遺伝子に変異が起こり、腫瘍の増殖につながる
  • 多くは良性腫瘍だが、全身の様々な臓器に腫瘍ができる
  • 悪性腫瘍ができたり、良性の腫瘍が悪性化することもある

遺伝性腫瘍における脳神経系腫瘍の治療

 脳神経系の腫瘍を含め、全身にできる腫瘍の多くは良性腫瘍です。良性腫瘍であれば、全摘出すれば再発することはありません。ただ、腫瘍を全摘出しても、またいずれは別の部位に腫瘍ができます。また、腫瘍のできた場所によっては全摘出することで、麻痺、聴力障害、顔面神経麻痺などの後遺症がでることがあります。後遺症が出ないように部分摘出した場合、いずれ腫瘍が再増大して、再び治療が必要になります。そのため、腫瘍を摘出する範囲、手術を行うタイミングについては、担当医と良く相談して決めて頂く必要があります。
 手術で摘出するのが困難な腫瘍に対しては、放射線治療を行うことがあります。副作用の点から、放射線を当てられる総量は決まっていますので、何回でも当てられる訳ではありません。そのため、予防的な照射はお勧めできません。手術と同様に、当てる部位やタイミングについて、担当医および放射線科医とよく相談して頂くことが大切です。
 結節性硬化症では、everolimus(エベロリムス、商品名アフィニトール)と呼ばれる抗腫瘍薬で腫瘍を縮小させることができます。ただし、薬を止めると腫瘍が再び大きくなるので、長期の服用が必要となります。大きな腫瘍に対して、everolimusで腫瘍を小さくしてから手術で摘出するという方法もあります。

  • 多くは良性腫瘍だが、摘出する範囲やタイミングについては慎重に検討する必要がある
  • 手術が困難な場合、放射線治療という選択肢がある
  • 薬剤で増殖を抑えることができるケースもある

各遺伝性腫瘍の特徴

フォン・ヒッペル・リンドウ病(vHL病)

 36,000人に1人が罹患すると報告されています。9割が家族性(家族の中に2名以上の罹患者がいる)です。脳、脊髄や網膜に血管芽腫ができるのが特徴です。血管芽種は良性の腫瘍ですが、血流が豊富で、全摘出するには高度な手術手技を要するケースもあります。全摘出後も、別の場所に再発することがあり、長期的に経過をみていく必要があります。
 その他、腎臓、副腎、膵臓、精巣上体などに腫瘍ができます。副腎に褐色細胞腫ができると高血圧にかかります。腎細胞癌など悪性腫瘍ができることもあります。頭部だけでなく、定期的に全身をくまなく精査することが肝心です。

神経線維腫症1型(NF1)

von Recklinghausen病(フォン・レックリングハウゼン病)とも呼ばれ、神経線維腫の中で最も頻度の高いものです。3,000人に1名が罹患すると報告されています。およそ半数が家族性です。カフェオレ斑と呼ばれる皮膚の斑点が特徴的です。腋窩や鼠径の雀卵斑様色素斑(freckling)、虹彩のリッシュ結節(虹彩の過誤種)が良く認められます。
 脳神経系では、視神経膠腫(pilocytic astrocytoma)が6歳以下の15%に認められます。多くは3歳以下で診断されます。視神経膠腫が視床下部に浸潤すると、ホルモンが影響を受け、思春期早発症(性徴期が早まる)などが現れることがあります。逆に言うと、NF1の患者さんは思春期早発症に注意することで、視神経膠腫を早期に発見することができます。
 自閉症など知的障害のリスクが高いことが報告されています。その他の症状としては、偽関節炎、低身長、側湾、骨粗鬆症など、骨の病気を伴うことがあり、1歳までに罹ることが多いです。
 50歳以下で発症した方では、悪性腫瘍を発症するリスクが高まり、一般人口の2.5倍から4倍のリスクになります。50歳以下の乳がんのリスクが高いことが知られています。特徴的な悪性腫瘍としては、malignant peripheral nerve sheath tumors (MPNSTs)、rhabdomyosarcoma (RMS)などの肉腫(sarcoma)が挙げられます。MPNSTsは生涯で5-13%の患者さんが罹ります。

神経繊維腫瘍2型(NF2)

 両側の聴神経腫瘍が特徴で、90-95%の患者さんに認められます。20-30歳で発症することが多く、腫瘍は徐々に増大して、聴力が低下していきます。イギリスやフィンランドの報告では、2万5千人に1名の方がこの病気に罹っていると報告されています。半数以上は家族歴がない弧発例です。白内障や網膜血管腫などができやすいため、眼科の検査が必要となります。できやすい腫瘍の頻度は下記の通りです。

  • 両側聴神経鞘腫:90-95%
  • 頭蓋内神経鞘腫:24-51%
  • 頭蓋内髄膜腫:45-77%
  • 脊髄神経鞘腫:63-90%
  • 末梢神経腫瘍:-66%
  • 白内障:60-80%
  • 網膜血管腫:6-22%
  • 皮膚腫瘍:59-68%

(データはUpToDateより)

神経鞘腫症(Schwannomatosis:シュワノマトーシス)

 25歳から30歳くらいで、はじめは痛みで発症することが多いです(60%程度)。しかし、神経鞘腫とは離れた場所が痛むことなどから、診断までに時間がかかることが多く、平均40歳くらいで診断されます。しびれや脱力、筋肉の萎縮などを認めることもあります。腫瘍は手足にできることが多く、その他、頚や頭部にできることもあります。
 NF2に類似していますが、両側聴神経鞘腫が認めらられない点が異なります。NF2との区別が難しい場合もあります。発症頻度はNF2とほぼ同じと考えられています。
 20%に家族歴が認められます(8割は家族歴がありません)。SMARCB1(INI1とも呼ばれる)遺伝子あるいはLZTR1遺伝子に変異が認められることが多いのが特徴です。家族性の50%程度、弧発性の10%程度でSMARCB1遺伝子に変異が認められます。SMARCB1遺伝子の変異に加えて、体細胞内にNF2遺伝子変異など、複数の突然変異や欠失が起きて、神経鞘腫が発生すると考えられています。SMARCB1変異は、腎臓の悪性rhabdoid腫瘍、中枢神経のatypical teratoid/rhabdoid tumors (AT/RT)腫瘍などを引き起こすことがあります。髄膜腫の合併は少なく、5%程度と報告されています。

結節性硬化症(TSC)

1歳までにてんかん発作で発見されることが多い病気です(60-80%)。その際の検査で、SEGA(セガ:subependymal giant cell astrocytoma:上衣下巨細胞神経膠腫 )と呼ばれる脳腫瘍が見つかることがあります。約半数で心臓の横紋筋種を合併します。年齢によって現れやすい症状があり、幼児期から皮膚症状(40歳頃までに80-90%、白斑や顔面血管線維腫など)、学童期から腎臓腫瘍(生涯で70-90%)、成人期から肺腫瘍(5%程度)が認められます。20%に家族歴が認められます。
 Everolimusという抗腫瘍薬が7割程度の症例で腫瘍の縮小効果があったと報告されています(Krueger et al. Neurology 2013)。TSCはmTORという分子を抑制する働きがあります。everolimusはmTORを抑制する薬です。TSCの機能異常でmTORが抑制できなくなり、腫瘍が大きくなることから、薬でその働きを抑えようというわけです。

まとめ

 遺伝性腫瘍は、腫瘍ができる場所、年齢、大きくなるスピード、症状は人それぞれに異なっていて、個々に対処する必要があります。患者さんの捉え方も人それぞれです。我々は患者さんに正確な情報を伝えることで不安を少しでも解消し、病気と向き合うサポートをします。同時に、患者さんとのコミュニケーションを通じて我々も学び、よりよい医療を提供できるように日々努力しています。